2018年 08月 15日

義経はどこまで生きていたのか

「義経はどこまで生きていたのか」のご紹介
大貫 茂(著)
交通新聞社

義経は文治5年
平泉の持仏堂で自害し果てたといわれている。
しかし義経の伝説地は、平泉より北の岩手県と青森県には100カ所、
そして北海道には120カ所以上もあるのだ。
「もしかして、義経は平泉で死んだのではなかったのでは?」
この多くの伝説に興味を持った著者が取材を進めていったところ、
その理由の一つとして岩手県紫波町に伝わる書物に「替え玉説」があることがわかった。

著者はその説を基に、岩手県、青森県、北海道を独自に取材調査。
著者なりの解釈で、平泉以降の義経の足跡をつづっている。
大衆の心に息づく「半官(義経)びいき」に訴える、
平泉から北海道までのロマンあふれる紀行書であり、
義経裏外史である。

第一章 義経と奥州藤原氏(岩手県編1)
義経を平泉に誘った金売り吉次
義経、奥州の覇者・秀衡に会う  
紫波の鐙越で馬術を磨く
鎌倉幕府に追われ、再び平泉へ  
「月見の宴」での秀衡の遺言  
巧みな義経の替え玉作戦  
名門奥州藤原氏の滅亡

第二章 懐深き奥州の山々へ(岩手県編2)
義経の郎党は総勢十八名  
愛馬小黒号との別れ  
長者森の吉次舘を訪ねる  
静御前と四年ぶりの再会  
約束の地、横山八幡宮に集結  
義経を射ることをためらった畠山重忠  
常陸坊海尊との別れと八戸への船路

第三章 安住の地を求めて本州最果ての地へ(青森県編)
無事に八戸の地へ上陸  
八戸で平泉以来の平穏な生活  
幕府の追討を逃れ、さらに北へ  
坂上田村麻呂の足跡に想いを馳せる  
判断を誤った義経、郎党四名を失う  
いで湯で疲れを癒やした義経一行  
十三湊にて秀栄との再会  
さらば本州、夢多き蝦夷地へ

第四章 蝦夷地で築かれた義経王国(北海道編)
阿彌陀如来の助けを借りて松前へ  
箱舘で平和の喜びを満喫する  
松前から北上し、江差、積丹へ  
海の難所として知られていた神威岬  
ラルマナイ滝の砂金採り  
義経の試し切りの岩  
十勝を巡り、日高の平取へ  
「判官カムイ」と呼ばれ尊敬された義経


義経はチンギスハンになった。
よく聞く話ではあるが、このことが義経を混迷な次元へと
追いやっているような気がしてならない。
この書籍では義経が北海道で亡くなった説等、
各地の伝説をまとめた義経伝説集約書となっているので、
伝説を後世に残す意味でも重要な書籍となっている。


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# by eki06 | 2018-08-15 21:00 | 告知 | Comments(0)
2018年 08月 08日

佐氏泉公園

2017.2.19-22
佐藤継信・忠信ゆかりの佐氏泉公園へ
【山形県米沢市駅前3】
米沢駅より徒歩3分。

佐藤氏は平泉にある奥州藤原氏の重臣、
福島県の信夫地方や置賜を治めた佐藤元治の一族で、
八木橋の舘に住み、清水の湧くこの地に別邸を建てて心なごませたといいます。  
佐藤継信・忠信兄弟は、元治の弟正信の子供で、
この清水でうぶ湯をつかったという伝説が残されています。

佐藤兄弟は義経と共に各地で平家と戦い活躍しました。
継信は屋島の戦いにおいて義経をかばい戦死。
忠信も義経を逃がすため、一人で源頼朝の軍勢に立ち向かい戦死しています。  
この兄弟の活躍は『平家物語』や『源平盛衰記』などに詳しく描かれています。

山形の旅は今回で最後となります。
私は雪が降らない土地に住んでいる為、
雪の景色は心躍らせてくれました。

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# by eki06 | 2018-08-08 21:00 | 旅行 | Comments(0)
2018年 08月 01日

常信庵

2017.2.19-22
義経ゆかりの寺院、常信庵
【山形県米沢市駅前2-2-29】
米沢駅より徒歩5分。

源義経の家臣佐藤正信の親子が祀れている寺院。
花沢城主・佐藤庄司正信とその子供である継信、忠信兄弟の菩提寺として
正信の後室である梅唇尼(羽姫)が開いたと言われています。

義経が平泉下向の際も佐藤兄弟を弔う為、
ここまで足を延ばしたという伝説も残っている。
境内には即身仏(佐藤兄弟の母である梅唇尼と伝わる)が発掘され、
その上に万年塔が建立されている。

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# by eki06 | 2018-08-01 21:00 | 旅行 | Comments(0)
2018年 07月 25日

那須与市の供養塔

2017.2.19-22
那須与市の名を刻む、与市の供養塔へ
【山形県米沢市中央5-4-7
米沢駅よりバス10分。

西蓮寺の北西隣にある虚空蔵菩薩堂の前に建つ三重の層塔。
高さ約4.2mの層塔で、
2段目の中には五輪塔が納められています。
また、2段目の外側中央には「供養塔」、
その両側には「那須与市宗隆公」「千坂対馬守景親公」と刻まれています。

米沢藩の重臣、千坂家が那須家と縁続きで(那須家から嫁入りしたと言う)、
与市が守本尊とした虚空蔵菩薩像が伝わったと言います。
また、千坂家は「与市」の名を代々通称に用いました。

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# by eki06 | 2018-07-25 21:00 | 旅行 | Comments(0)
2018年 07月 19日

仙人堂と白糸の滝

2017.2.19-22
最上川舟下りに乗船し仙人堂と白糸の滝を拝見
【山形県最上郡戸沢村大字古口

義経の従者常陸坊海尊がここで一行と分かれ、
山伏修行の後、仙人になったという。

小戸川の仙人堂は海尊を祀った社で、
船乗りの安全を守り、稲作を守護する神でもある。
仙人堂の神は虫をきらうので、
このお札を田んぼの水口にさすと、稲虫がつかないという。

白糸の滝は、昔から都人にも聞こえた名勝であるが、
義経や北の方も、この景色に感じて次のような和歌を残している。

最上川 瀬々の白波 つきさへて よるおもしろき 白糸の滝 義経
もがみ川 せせの岩浪 せきとめよ よらてそ通る 白糸の滝 北の方
もがみ河 岩越波に 月さえて よるおもしろき 白糸の滝 詠人知れず
心なく 詠よりてや 旅人の むすふもおしき 白糸の滝 同
ひきまわす うちばはゆみに あらねども たかやてさるを 射て見つる哉 北の方

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# by eki06 | 2018-07-19 21:00 | 旅行 | Comments(0)